ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

強さとは何かを知った日

現在の会社は3社目なんです。

 

1社目は自主廃業。2社目で16年過ごしました。そして現在は3社目。

2社目になるA工務店には、23歳で入社しました。僕はこの会社で様々な事を学び、技術力を蓄え、技術者としての精神を磨くことが出来たのです。

 A工務店は地元で中堅クラスの企業。工務店とは名ばかりで、扱う物件は大規模な建物でした。未熟だった僕には仕事の全てが大きくて壮大で。とにかく学ぶことばかりの日々でした。

 

入社して数年後、ある現場に配属されました。

その時の上司は東海林さん(仮名)。A工務店だけでなく、業界でも敏腕で名の通った人。

現場で指示を飛ばす東海林さんの言葉は全て的確で正確。他の人が見落としていそうな細部まで思考を巡らせリスクを事前回避していくその様はまさに『できる男』そのままでした。

 

現場監督とはプロデューサーみたいなもの。設計図と予算と時間を握り、資材と人材を確保しながら品質・安全を担保しつつ受注物件を完成させる。ゆえに業務は多岐にわたります。全ては監督の手腕1つ。僕はそんな世界に身を置いていたのです。

 

 

東海林さんは現場のトップ。工事現場のピラミッドの頂点に君臨しています。僕たち現場スタッフ(監督)を介して全ての作業員に指示を浸透させ、進捗していく建物が設計図通りに作られ、尚且つ求められる品質を担保できるように書類等で証明、記録をし逐一確認する。現場のトップとは、『所長』であり、正式には『現場代理人』と称します。

 

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建設業は今でこそ穏やかな環境になりましたが、誤解を恐れず言うならば20年も前のこの業界は『Theオラオラ系』の集まりそのもので、ディスクワークとは全く違う、本当の意味での命を懸けた仕事であり、怪我や、命の危険までもが隣り合わせの仕事。

「落ちたら死ぬぞ」という言葉を何度言われたことか。

こんな環境の中で実際に作業し、物を作っていくのは職人(下請け)さんです。

 

本来ならば仕事を発注している僕たち現場監督に対して丁寧に接することがビジネスマナーというものですが、彼らはそんなマナーなど持ち合わせてはいませんでした。他人に気を使っているよりも、仕事に集中し自分の命を守ることの方が優先されます。さらに自分の会社から利益などの金銭的プレッシャーもかかっているのですから、客に対する言葉遣いなどに気を取られている場合ではないのです。

当時の建設業は、安全面も含めた広い意味で『命』と『金』という力が絶妙なバランスを保って竣工に向かい時間が経過していく、そんな場所だったのです。

 

 

 

僕たち現場監督は多岐にわたる業務を分担し、時には協力しあいながら日々を過ごしていきました。日中は実際に現場に出て指示や確認、記録を取り、夕方からはその書類をまとめたり、図面を描いたり。

そのトップである東海林さんは僕たちから上がってくる書類はおろか、工程(時間)管理や予算管理、発注者との打ち合わせ、設計変更への対応など、書きだしたらキリがないような業務内容でした。

さらに言うなら、僕たちスタッフ(監督)のことでさえ完全には信用できません。人間ですからミスはします。忙しい時間を割いて現場を巡回しミスや不具合が無いか。成果品の出来栄えなど、最高責任者として最終確認までしなければなりません。そう、全ての責任は東海林さんにあるのです。誰も信用してはいけないという立場からすると『孤独』だったと思います。

 

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 『スーパーマンだ』

僕が当時、東海林さんに抱いていたイメージです。

大きなプレッシャーを抱えながら、膨大な業務をこなしていく。残業や休日出勤などは当たり前。こちらが「家族は大丈夫なのだろうか?」と心配になるほどでした。

そしてもう1つのイメージ。『冷たい人』

言葉にあまり感情を込めず事務的。相手の状況や立場などは考慮せず、とにかく効率を求めました。僕たちスタッフにも下請けさんにも。

 

 

 

僕たちの生業で一番のストレスがあります。それは『自分以外の人にやってもらう』ということです。

僕たちは監督であり技術的管理を司る仕事。直接何かを作ったりはしません。なぜなら技術が無いからです。そもそも自分で作れるなら外注(下請け)に頼んだりしない。

何をするにも職人さんに頼まなければなりません。3Kと言われるキツくて危険で汚い仕事をです。たとえこちらがお金を支払っているとはいえ、内容によっては頼みずらい場面があることは事実。

最悪なのは一度作ったものを壊してやり直す時。

せっかく出来上がったものを「間違ったから壊してください」という時の申し訳なさと怒鳴り散らされるのではないかという恐怖。自分で作ったのなら割り切ることは簡単ですが、他人に作ってもらったものをその人たちの手で壊させるのです。伝える側の心は申し訳なさで苦しくて辛い。

事は小さいですが僕は職人さんに何度怒鳴られたか分かりません。

 

僕たち監督は、激務と人的ストレスと発注者に対する責任と利益確保と低賃金と休暇の無い私生活とを抱えながら毎日を過ごしていました。

 

そんなある時、現場で大問題が起きました。

様々なヒューマンエラーが重なり、そこに僕たちスタッフ(監督)の勘違いも相まって収集のつかない部分が出来てしまったのです。もう壊してやり直すしかありません。時間もお金も大きく必要とし、損害は莫大。

原因は僕たちスタッフにあります。実際に現場を指揮しているのは僕たちスタッフなのですから。しかし東海林さんの立場ではそうはいきません。僕たちのせいにはできない。最高責任者なのですから。

こうなるともう東海林さんの出番です。最高責任者が責任を負うことになる。会社に対しても現場に対しても。

 

関係下請けの代表を集め会議が行われ、関係職人に対しても東海林さん直々に指示が下りました。とても事務的に。

「やり直さなければならない」

「費用は支払う」

「期日厳守で」

このようなことを関係者を集めて短く伝えられました。そこに申し訳なさの欠片も感じられません。

瞳は真っすぐに職人たちを見てぶれることなく、ため息が漏れざわつき、あえて聞こえるように話す中傷の言葉が流れる中でのことでした。

 

これは憶測ではあるけれどきっと東海林さんのキャリアの中で最大の出来事だったと思います。

 

 

 

やり直し大号令を唱えた日の夜。現場事務所には僕と東海林さんが深夜までの残業をしていました。黙々と業務に徹する事務所内は静まり返り、マウスのクリック音とコーヒーをすする音だけが響いていました。

もう疲れた・・・・帰りたい・・・・そう思い僕は東海林さんの様子をうかがいましたが、残念ながら帰る雰囲気は感じられません。この人に疲れやストレスは無いのだろうか。何のためにそんなに仕事をするのだろうか。やり直し大号令を発したこんな日でさえ、ショックは無いのだろうか。

 

「まだ帰りませんか?」

そう僕が声を掛けました。返事は「ああ」でした。

沈黙が数秒続き僕は思わず言っていました。

「東海林さんって強いですね、特に心が」

そういった僕に東海林さんは、パソコンの画面から顔を上げ、厳しい目で僕を見てこう言ったのです。

「何も感じないようにしろ。俺はそうしてる」

とても強い言葉でした。とても、とても。

 

 

 

 人間の悩みのほとんどが対人関係のものだという。私生活においても仕事においても。

東海林さんの言うように何も感じなくて済むのなら人間の悩みも無くなるのだろうか。強い人間になれるのだろうか。

僕にはまだ、その答えは見つからない。

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。