ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

『単純接触効果』からみるブログ読者との距離感

単純接触効果を解説すると、人間は見知らぬ相手には冷淡な態度を取り、攻撃的になるが接触回数が増えれば増えるほど親近感を覚えてくということ。これは何も、対面した回数だけではなく、LINEやメールも含まれるという。

見知らぬ相手に冷淡な態度をとるかどうかは別として、『信頼感』が無いということにおいて、心の中は冷淡である部分はいなめない。

ブログ開始から時間が経過し、読者の方からの☆やブクマを頂けるようになり、コメントなども頂いたり、返信したりと、ブログの使い方も理解してきた。当初ネットに抱いていた疑心暗鬼な人間関係が、違ったものになってきたと感じる。

 

 

●ネットの世界は怖い

インターネットが普及したきたときから利用しているが、利便性よりも、危険性の方を感じることが多かった。たとえば、違法ダウンロードで法を犯したり、オークション詐欺であったり、匿名によるバッシングであったり。かと思えば『電車おとこ』なる2チャンネル発信の心温まる実話があったりもするが。

SNSの走りであるmixiが普及したあたりからは、少しずつ現実社会との実態ある人間関係が、ネットの中にもでき始めたのかもと感じるようになった。それにしても、やはり対面しない文字だけの関係は、嘘か誠かとの疑念が拂拭しきれない関係性であった。法の整備も追いつかないなか、顔が見えない匿名の世界は、やはり怖さを無意識に感じることが多かった。

 

●ブログ開始当初

コミュニケーションツールとしてブログを始めたわけでは無い。そもそもブログはSNSでは無いと認識している。『自己発信』と『共感』がメインのツールであると思っていた。そしてそのことが誰かの娯楽になることができれば、より多くの方に読んでいただけるのだと。しかし現実はそう甘くなく、また、すぐに結果がでるものでも無い。何の能力も持ち合わせていない素人が書く雑記ブログには、PVを集める集客力を持っていなかった。

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●ブログに込める想い

他のブロガーの記事を読んだり、自分で書いたりと、ブログを始めてから文字として他人と接触する機会が出来た。ブログの世界には様々な目的を持った人が散在し記事の種類も豊富である。それでも一つだけ共通点を見つけた。ブログには何かしらの人の『想い』が存在する。だから記事を投稿するのに時間が費やされるのだ。企画を思いついてから投稿に至るまでには、少なからずその人の時間を使っている。生業としてブログを投稿している人がいるのか分からないが、少なからず僕の周囲では副業であったり、趣味であったりと、個人の時間を費やしながら『生の想い』を文字に乗せた投稿が目立つように思う。『想い』が乗せられた記事は、その人そのものを表していて、目視する姿は無いにせよ、書くことにより込められた何らかの意思や想いは、モニターを通して文字を通して、書いた人の人となりを強く感じさせてくれる。

 

●ブログへの反応

目にした記事に対して、共感し、または心が動き何らかの行動で示してくれる読者の方。『はてなブログ』でいうならば☆を付けてくれることが最初の表現。ブログ村などのリンクを押してくれる方もいるだろうし、ブックマークをクリックしコメントをくれたり、記事に直接コメントをくれたりもする。たかが『文字の羅列』『文章』なのだ。なのにそれは誰かの行動を促す結果となる。たった一つのクリックであり、数行のコメントであるかもしれないが、書き手の『想い』に読み手の『想い』が返される瞬間だ。

 

 

●会ったことも無い人たち

ブログを書いたことがある人なら理解できるだろう。書くことには自分の気持ちが強く込められている。労力や能力を費やしている。自己発信であれ、何かのレビューであれ。このことは他人に心を開くことに似ている。対面では相手の反応を確かめながら、自分という物を表現する加減をしていかなければならないが、相手が見えない状況で、一方的に意思や想いを発表するブログは、本当の意味で『自分そのもの』だと言える。少なからず読み手を意識するからこそインターネットで公開しているのだから、大なり小なり他人を意識した気遣いがある。必ず読み手を意識している。気遣いをしながら自分の意志や想いを、会ったことも無い人に向けて発表しているのだ。一方的に発せられるものであるからこそ、『他人への配慮も含めた自分』がまじまじと表現されている。まさに自分そのものではないだろうか。

 

●読者に対する想い

タイトルにもしている『単純接触効果』がブログにはある。顔も見たことが無く、声も聴いたことが無い人たち。そこに対して『自分そのもの』を投下している。現実社会では簡単ではない『自分そのもの』を表現したことに、反応してくれる方々が読者である。ある意味で、現実社会とは別の関係が築かれてしかりの世界だと感じるようになった。特別な強い利害関係も無い人たちだからこそ、純粋な想いと想いだけが介在する世界。僕はまだブログを始めて間もない。だからこの先、この世界でどんな変化が起こるのか分からない。確かに一部の心無い人たちがいることも事実。それでも僕は現実社会で会ってみたい人がいる。そんな人ができた。疑心暗鬼でしかなかったインターネットの世界だったけど、僕の一方的な片思いかもしれないけど、それでもネット世界にこんな気持ちを持てるようになった事に感動している。不幸なニュースが飛び交う世界で、矛盾と理不尽が横行するこの世界で、まだまだ人間も捨てたもんじゃないよなって思う事ができたのは、ブログのおかげだと思う。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。