ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

2016年7月13日

遂に2022年が始まった。

今年はちゃんとした『冬』が訪れ、僕の街は白い世界だ。

寒冷地対応のエアコンだけで雪国を過ごしている我が家。屋外機の霜取り運転が間に合わないほど天候が荒れている年明けとなった。

 

ちょくちょく、ちょこちょこ過去を振り返る癖がある僕だが、最近どうしても心に引っかかる事がある。

我が家ではここ数年、いろいろな物が更新され始めた。物理的な意味でだ。

大きなところでいけば、自宅の外壁を張り替えた。

小さな物でいえばキリが無いが、たとえば使わない食器を処分したり、古くなった鍋やフライパンなどの調理道具を買い替えたり。

長らく使用していたバスタオルだって新しい物にする時期がきた。

 

そのどれもこれもの中に納まっている過去の記憶。

別に大したことじゃない。まったく大したことではないのだけれど、その物それぞれになんだか『元妻』との時間を感じてしまうのだ。

 

元妻ネタは過去にも何度か書いてきた。こうしてブログにするのは何も『未練』などという切ない気持ちからではない。自分がこれまで生きてきた時間を振り返り今日までの中で共に過ごした人との思い出で、その時の自分を思い出し、その時の気持ちを感じ、ちゃんと自分が生きてきてここまでたどり着いたのだという自己認識を得るために僕は、過去をわざわざ振り返る。あくまでも『自分の為』の行いだ。

 

 

先に上げたとおり僕の周囲の『物』がどんどん新しくなってゆく。古い物は処分されてゆく。それと同時にその物たちから引き出される記憶や思い出もまるごと一緒に無くなってしまうな感覚に捉われる。

 

僕はそのことが寂しい。

この気持ちを正確に表現する文章を書く力が無いのでザックリ説明すると『元妻と過ごした時間が処分されていくから寂しい』となる。

 

『元妻と過ごした時間』というのには全てが詰まっている。その時の僕の仕事も含めた私生活の事から、妻との関係性や子供との出来事など、家族として分かち合っていたであろう時間。感覚。

 

本来の家族であるならば、色々な物が更新されてゆけばそれは『上書き保存』になるだろうと想像するのだが僕の場合は違う。『普通の家族の形』は2016年7月13日以降崩壊してしまった。シングルファザーとして長男長女と共に生活がスタートしてもう6年目。離婚する前まで使用していたものが無くなるという事は単に、それ以前の思い出が消滅してしまうような気がするのだ。妻との記憶という単体の対象ではなく、子供も含めた家族四人の思い出ごと失くなってしまうような気がする。

 

 

自分が何に拘っているのか理解はできている。その拘りとは『家族』だ。

離婚し妻がいなくなってしまったことにより僕の家族は崩壊した。形という意味でもまた現在の、子供たちとの生活という意味においても。

 

帰宅すると妻がいて晩ご飯の支度をしている。僕が洗い物などを手伝いながら、短大から帰ってくる長女を待つ。仕事から帰ってくる長男を待つ。

ご飯が出来てもまだ帰ってこない子供たちにしびれを切らしながらも時間を潰すために風呂に入る。それでもまだ帰宅しない二人を諦めてビールを一杯。いつもの妻のお小言を適当に流しながら、興味も無いテレビを眺めていると長女が帰宅。その後ろに長男の姿も。「帰宅途中のコンビニでばったり兄に会ったから一緒に帰ってきた」のだという母親との会話に聞き耳を立てながら二杯目のビールが美味しく感じる。そして家族四人の食卓で僕と長男の男二人組は寡黙に夜ご飯を食べ、妻と長女だけ食事そっちのけでおしゃべりに夢中になる。

 

 

こんな晩ご飯の一幕が一年に一度ぐらいはあったはずだ。いや、二年に一度だけでもいい。こんな『ザ・家族』みたいな時間を僕は永遠に失った。

 

僕が抱えている物。それは、元妻に対する未練ではない。僕が幼いころから夢見た、憧れて止まなかった『普通の家族』に対する未練なのだ。

荒れた環境で育った僕はずっと、友達たちが何気なく話す家庭での話に憧れていた。他の家はなんて温かいのだろうと憧れていた。もし将来自分に子供ができたなら絶対に自分のような思いだけはさせたくないと強く思っていた。なのに・・・

 

 

今、僕たち三人家族は、見えない絆で結ばれながら、各々の人生を歩んでいます。

離婚当初は高校三年生の長男と中学二年の長女でした。それが今では会社員と短大生。

あの時とは違いもう二人は僕の力をそんなに必要としなくなった。僕には自分の時間が出来、彼らには本物の、生の『社会』とのつながりが出来始めた。

同じ家に暮らしながら共に過ごす時間は圧倒的に少なくなってしまったけれど『家族』であることはいつまでたっても変わらない。

 

特別な事なんて何もなくていい。立派な大人になんてならなくていい。だからいつまでも元気で、どんな状況であっても、幸せを見つけられる、感じられる。そんな人間になってほしい。

 

父親としてそんな二人の姿を眺めている事こそが僕の一番の幸せなのだから。

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少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。