ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

ラッキーカラーは青だった

親友ということ以外で、社会人として尊敬している奴がいる。いつものメンバーの中にだ。僕の言う『いつものメンバー』とは、小学校からずっと一緒で今でも親交のある5人。

 

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中学や高校時代の僕たちは、田舎に住んでる影響が大きくて時間を持て余していた。「この道の終点まで行こう!」と山道の行き止まりまで自転車で走っていき、大量の一升瓶の中に得体のしれない液体が入っているのを見つけてみたり。満月の夜に小学校のプールに侵入し全裸で浮かびながら月を眺めてみたり(もう時効です)、花火をグルグルしながらキャッキャ言いながら夜中の道路を走ってみたり、0時集合で仮装大会をエロ本橋で開催してみたり。ライブを開催した時などは、対バンの奴らの女性ファンを横目で見ながら下半身に熱い物を感じながらも「羨ましい」とは誰も一言も発せず『硬派』を装う健気さで「生まれたところや皮膚や目の色で、いったこの僕の何が分かるというのだろ」と歌い、まさに青春時代を共に謳歌した仲間たちのことだ。

 

そんなメンバーの中に二人だけ上京した奴がいる。そして起業を果たした。ちょうど僕ができ婚し、人生の節目を迎え新たなステージに進んだ時、奴らは別々に起業し、そして僕とは違うステージを迎えていた。そこから時は経ち一人が帰ってきた。異常なまでの円高の煽りを受けて、海外での取引が難しくなったため会社をたたんで秋田に帰ってきたのだ。面白い事に上京し起業した二人は同じ苗字。親戚でも無いのに二人して『細川』という。

 

秋田に帰ってきた片方の「細川」を僕は、尊敬と憧れの目で見ていた。スキルの高さを生かした就活で、あっという間に仕事は決まった。サラリーマンもいいものだと、当時の細川は目を細めて言っていた。経営者という重責を脱したのだから、その言葉の意味は簡単に理解することが出来た。その就活話で印象的だったことがある。SEのスキルも持つ彼は、自分を売り込むためにその企業の効率化を図るプログラムを即座に提案し、「これで従業員の削減を図り経費削減をすることが出来る」との提案に、「秋田では効率よりも従業員をいかに雇うかの方が大事なのだ」と言われたらしい・・・なんともまぁ秋田らしい・・・いつまでたっても秋田が秋田のままであることの一因を見たような気がした。こんな事だから秋田は『飽きた』なのだ。。。。

細川の仕事に対する意識は、僕に丁度良くて、僕を取り囲む人たちより細川と共にする飲み会の方がよほど刺激的で心を踊らされることが多かった。

あっという間に昇進し、それなりのポジションで活躍する彼を、尊敬と憧れの目で見ていた。ショートスリーパーだった細川は、時間も惜しまず働き、何より楽しんでいた。そして結果と実績を積み上げていく。都会にもまれた奴というのは、こんなにまでも凄いものなのかと、親友ながらに驚いていた。満月の夜のプールで、まっさきに全裸で飛び込んだ人間とは思えない立派な大人がそこにいた。

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高校野球の県予選をなにより楽しみにしていた細川は、あるとき僕を誘ってくれた。秋田に帰ってきてから車の運転をするようになった彼の車に乗り込んだ時である。運転大丈夫かよ?なんて思いながら乗り込んだ細川の車。ふと気づくと、ライターやカップフォルダーやハンカチや芳香剤など、至るものがブルーで統一されていたのだ。気づけば腕に着けてるシリコンブレスレッドもブルーだ。「何これ?」と聞いた僕に細川は「俺のラッキーカラーだから」と当たり前のように答えたのだ。僕は驚いた。ラッキーカラー???何だそれ?苦を苦ともせず、朝方まで仕事をし、それでもひょうひょうと遊びにも付き合い、仕事の飲み会も全て参加し、短い期間でありながら人間関係の輪も広げ、まさに『できる男』の細川がラッキーカラーだって?そして僕は直ぐに気づいた。心がキュッと苦しくなった。青春時代に同じ『バカ』をやっていたから僕は知っている。細川の人間性を。細川はずっと『必死』だったのだ。東京で会社を経営しているときも、秋田に帰ってきてからも。決してひょうひょうとこなしていた訳じゃないんだ。ラッキーカラーを少しでも何かの力に変え追い風にしながら、苦を苦と感じながら、それでも結果を出すために必死だったのだ。僕は自分を恥じた。才能や経験や能力でのし上がってきたのではない。必死の力でこの秋田でも細川は自分を鼓舞して生きてきたのだ。ラッキーカラーという僅かな力さえも放さぬように。

 

 

細川とは中学の時同じ野球部だった。昔の部活など、野球部など今とは比べ物にならないくらい『スパルタ』だった。一日の練習で声が出なくなるほど体を心を追い込んだ仲間。そいつと見る高校野球は僕に必死だったあの頃を思い出させてくれた。今の僕らに比べたら、純真無垢そのものの選手たちが、スタンドで応援する高校生たちが眩しかった。その声が心に染みて自然と涙が込み上げてきた。

 

細川は今、秋田を離れてしまった。はっきり言わなかったがきっと秋田に見切りをつけたのだと思う。今年の春のことだ。

また僕は一人になってしまった。都会から帰ってきて秋田を楽しんでいたはずの細川はもう近くにいない。その力を秋田に使って欲しかったのに。

僕は一介のサラリーマンで在り、何の力も持ってはいない。でも少しでいい。細川がやってきた事を、細川イズムを僕の中で大きくしていきたい。

そしていずれはまた、皺だらけのメンツでこの秋田で『バカ』をかまして人生を終えていきたいのだ。

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少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。