ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

【ラブ・アクチュアリー】 離婚の後遺症

恐ろしいほど素晴らしい映画を観た。

しかし、そのレビューを書くつもりはない。

今回は少しカミングアウトな内容になる。興味のある方だけ、読み進めて頂きたい。

 

 

 

恐ろしいほど素晴らしい映画を観たが、なぜか僕はその素晴らしさを表現することが出来ない。

恐ろしいほど素晴らしい映画を観たが、なぜか心がモヤモヤする。

 

 

映画冒頭からずっと続く、穏やかでコミカルで、ちょっと切ない雰囲気。

その場にいるかのように、伝搬してくる温かな空気。

小分けにされた別々の人たちの小さな物語。

交差する和やかなジョーク。小気味よく転がっていく展開。リズム。

 

日々の日常に、ちょっとだけ味付けされた物語が、映画として展開していく。

「これだな」と思った。モヤモヤの原因が。

 

 

 

『ちょっとだけ味付けされた物語』

僕が失ったものだ。僕も以前は持っていたものだ。

代り映えしない日々の中にも、小さな幸せがあった。

しかしそれを、自分が望んで失った。

 

 

あの時は、自分の日常を、『代り映えしないつまらない日々の繰り返しと、突如として妻から持ち込まれる、意味不明なトラブル』が永遠と続くのだと思っていた。

何らかの手を打たないと、子供もろとも巻き添えをくって、深い穴に落ちて、這い上がれなくなると思っていた。

 憎しみは無いが、呆れていた。軽蔑していた。馬鹿な女だと思っていた。

だから僕たちの物語は、『離婚』という結末で終わった。

 

でも、残念ながら、悔しいことに僕は、そんな彼女をしっかりと愛していたんだ。この映画を観ているうちに気づいてしまった。

 

 ずっと認めたくなかった。この事を。

いつしか愛は消えたのだと思っていた。思いたかった。

 でも違った。

僕は離婚直後まで、もしかしたらその後も、彼女を愛していたのかもしれない。

 

4年経った現在の自分に、問いかけようとは思わない。

考えたくないから。

喜劇では済まないあの日々を思い出すのは、もうごめんだ。

 

 

 

最初から最後まで、僕の理想にピッタリで、まるで映画のような映画だった。だからこそ気づかされた。気づいてしまった。

絶対に取り戻すことが出来ないから、心に蓋をして、なんなら無かったことにしようと力づくで封印したはずの感情に。

 

離婚してから僕は変な夢を見るようになった。

夢の中で僕は、泣くのをこらえている。強烈で猛烈な感情が込みあがってきて、今にも泣きだしそうな自分を押さえつけている。ずっと、ずっとこらえている。

そして汗をかいて目が覚める。涙を強く強くこらえている自分はそのままに。

興奮していて、しばらく眠れなくなる。

 

 この夢の原因も、これで解決した。

 

 

 

死別とは違い、ただの離婚だ。

しかしそこに『心の壊死』があることを知った。

『人を想う』気持ちは、どんどん心に浸透していく。心の領域に拡大して、いつしかかなりの面積を、体積を占める。

離婚でそれが、ごっそり無くなるのだ。心の中を占めていた領域が壊死する。

壊死しても、細胞は残る。部分的な機能不全になる。

これが今の僕の状態だ。あの夢の意味だ。

 

 

どうやったってぬぐい切れない『悲しみ』が、心の壊死の後遺症。

心に穴が開くならまだ可愛い。穴になって消えてくれるのなら。

しかし壊死したままの細胞は消えることなく残る。記憶と相まって。

 

 

現状の自分を悲観している訳じゃない。それなりに楽しい日々を過ごしている。心の全てが壊死したわけでもないし。

でも、次の壊死には耐えられそうにない。

それが怖い。とても。

 

 

だからきっと、次に人を『想う』ときは命がけになるはず。

次に訪れる『想い』が、今の壊死した部分を治療してくれれば、それが理想。

 

離婚して4年も経過したが、積極的になれない理由を理解できて良かった。

自分でも認識していなかったから。

 

  離婚とは、こういうものです。

 

 

 

 

気を付けなはれや!!!

 

 

 

小さなプレゼントが何個も詰まった作品です。

宜しければ、皆さんもどうぞ。

 

 

 少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。