ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

快適である場所 【離婚で家族崩壊】

僕はずっと仕事をしている。日曜である今日も。

それは誰かに強制されたわけでもなく、しかし不必要な出勤でもない。

 

細かな事は割愛するが、僕は誰かに管理されて業務をしているわけではない。自己管理の元、業務に支障をきたさないよう自分の仕事を、その量を調整し日々を進んでいる。

 

休日出勤を繰り返している僕は現在、休日出勤をしなければならない量の業務を抱えている。だから日曜出勤を本日も行っている。

 

コンプライアンスの観点から、どのぐらい休んでいないのか、ここに記するつもりはないが、『大変』だとか『嫌だ』とか、そんな感情を感じた事はないし、むしろ1人で集中できる誰もいない休日の事務所は快適とさえ思っていた。

 

休日出勤は快適だ。自分1人しかいないのだから。

何をやっても自由。仕事に疲れたら読書をし、図面でこんがらがった頭の中をYouTubeのお笑い動画を見てほどいた。

 

僕にとって休日出勤は快適でありまた、都合が良かった。

 

 

でも今、ブログを書いている。遂に感じてしまった。

僕は『疲れた』のだ。

 

疲れてぼ~としていて記事を書こうと思ったのだ。

なぜなら気付いたから。

僕が休日出勤を『快適』だと感じていた理由の本体は他にあったってことに。

 

f:id:mifuketa:20200614113609j:plain

 

 

僕は現在、子供2人と生活している。どちらも大きく、1人は社会人でもう1人は高校3年生。

27歳で新築したマイホームに親子3人で暮らしている。

理由は簡単で、4年前に離婚したから。妻であり母親である存在が家から消えた。

 

心配はご無用。離婚してからの生活は快適。トラブルを持ち込まれることが無くなった我が家は平和そのもの。

まぁ確かに、母親のいない暮らしは『生活』という意味で何かと厄介ではあったが、そんなものは離婚前に比べれば微笑ましいぐらいの事象であり、父親である僕一人で何とか処理できる程度の、まさに『想定の範囲内』でしかなかった。

 

 

離婚において最も気がかりだったのが子供たちのこと。

しかしそれも杞憂というか、もうすでに大きくなっていた子供たちは動揺もみせず、むしろ何事も無かったかのように父親だけになった『家庭』に溶け込んでいた。

 

 

2020年7月で離婚してから満4年を迎える。

家族3人の生活は快適で平和である。3人での家族運営システムにも十分に慣れ、各々の役割分担も明確で、そのシステムの中を自由に動き回りながら各自の人生を歩んでいる。

 

今まさに僕らは、『各自の人生を歩んでいる』のだ。

 

 

帰宅後に3人で食卓を囲むことが極端に減った。

テレビの争奪戦が行われていたリビングには僕しかいない。

学校からの配布物は自動的にテーブルに置かれ、僕が目を通しサインし、時には捺印したものを置いておくと、いつのまにか自動的に回収されている。

買い物と言えば何かと僕が車を出していたのに、社会人になった息子はマイカーを持ち自由に動き回り、時間の拘束もうけず帰ってくる。

ネットもまた便利で、身に覚えのない宅配物が毎日のように届く。全て子供たちの物。

 

 

 

僕の子供たちはみごとに、父親だけになった家庭に溶け込んだ。

彼らが僕の手を煩わせることは、もうほとんど無い。

 

 

 

 

休日のリビングには僕しかいない。あんなに賑やかだったリビングに。

 

そこには僕がたたむ洗濯物があるだけ。

いつでも自由にザッピングできるテレビがるだけ。

自分だけの本棚があるだけ。

望んでいた静寂があるだけ。

 

 

 

あんなに賑やかだったリビングに今は思い出だけが残されている。

僕が失ったものは『妻』だけではないことを、リビングが教えてくれる。

 

 

 

 

休日出勤が快適だったのは、リビングに一人残された自分を見たくなかったから。

思い出だけに包まれた自分を感じたくなかったから。

 

 

 

 

 

 

 

僕は帰る。今日は帰る。休日出勤届を破棄して。

帰り道では娘がバイトしているコンビニに寄ろう。

帰宅したらコンビニで買ったおにぎりを、いまだ眠っているであろう息子に渡そう。

 

 

スーパーで買い物をしよう。久しぶりに家族3人で食卓を囲もう。

外食じゃなくて、今日はお父さんが作るから!

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。