ホントは とじぇね

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J-4 割れた食器を見つけると嬉しくなる僕は、片付けの天才だと思う【片付けの極意は捨てる事】

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食器を洗っているときに、割れたりヒビが入っている物を見つけると嬉しくなる。「あぁ、これでまた捨てられる」と思うから。

 

我が家には安くて使用頻度が低い食器が沢山ある。食器棚を埋めている。僕はそんな食器たちを見るたびに、少しだけ、ほんの少しだけ苛立ちを感じる。

使用頻度が少ないということは、いつも食器棚の中にあるということで、別に無ければ無いでその存在を意識していないということ。

じゃあ、いっそのこと無い方がいい。種類も形も違うものが重ねられ置きっぱなしになっていて見栄えが悪い。そんなことを感じている僕は、使用頻度の低い食器を捨てるタイミングを常に考えている。それが割れたりヒビが入った時だ。壊れてないのに捨ててしまうのはもったいない精神に背くことになる。貧乏性の僕には出来ない。

 

今日も欠けたコップを見つけることができた。きっと子供たちの仕業だろう。また処分することができる。あまりの心地よさに思わず写真を撮ったので貼ってみた。

 

 

 

散らかっている家庭の話を耳にする。僕が片付けなければ我が家も散らかっている。いつまでもリビングに放置される衣類や本や昨年流行った手持ちの扇風機。

どうして散らかってしまうのだろう。それは『散らかす物があるから』に他ならない。要は、散らかす物が無ければ散らからないのだ。

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捨ててしまいたい衝動に駆られる。それは散らかした報復などでは無く、散らかした人にとって必要ない物だから散らかしっぱなしな訳であるから。僕はそう考える。必要ないからいつまでも置きっぱなしにするのだ。

必要な物は大切にし、しまっておく。それが人間というものではないだろうか。リスやネズミの類でさえ、食料を隠し貯え、冬期間の食糧難に対する対策をする。

やはり必要な物、大切な物は片付け、しまう行為が妥当だと思う。

 

 

最近よく、『ミニマリスト』という言葉を見聞きする。ミニマリストとは、必要最小限の物だけをもち生活する人らしい。大賛成だ。ただし世を席巻しメディアに取り上げられている方々は度が過ぎた人たち。ちょっとそこまでは了承しかねます。しかしその思考は僕を完全に納得させてくれる。

彼らの部屋を見たことがあるだろうか。まったく何も無い。超片付いている。物がないことを『片付いている』と表現するのは違うのかもしれないが、少なくとも散らかってはいない。何故なら、散らかす物が無いからである。

 

 

『満たされた器には注ぐことができない』という有名な言葉がある。

生活をより良い物にするために物があり過ぎてはいけない。少なくていい。品質の良い物を、使う分だけ所持すればいい。収納に余裕があれば、良い物を発見した時に直ぐに買う事ができる。しまう場所の事など考えなくていいのだし。無駄な買い物をしない分、資金を貯めておくこともできる。

 

 

とにかく捨てよう。捨てることは悪ではない。捨てることにより生活に循環をもたらすことができる。捨てることに違和感を感じるならメルカリで売ってしまえばいい。器から不必要な水を排出してしまうのだ。スペースがあれば『新しい物』を取り入れることができる。生活に循環をもたらすことができる。心をも循環させ綺麗な状態を、新鮮な感覚を得ることができる。

 

僕は物にもよるが、捨てるまでの放置期間を決めている。そしてこれだけははっきり言える。『1年放置されたものはどんな物でも一生出番が無い』

総務省発行の『家庭運営の指針』の巻末にでも載せて頂きたい(そんな指針があるかは知らないが)

 

 

家が散らかっているとお嘆きのあなた。とにかく捨ててください。売り払ってください。散らかされ放置されている物は『不必要な物』なのです。リビングでだらしなく寝ているパートナー以外は。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。