ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

妻よさらば  君への『情』は一生消えない それが『愛』ではないことを祈るばかりだ

世間は僕たちを、有り触れた、仲の良い家族として見てくれていただろう。

ただ、ちょっと違うのは、子供の年齢の割に僕たち夫婦が若すぎるということかな。

現在41歳の僕には二十歳の息子と、高二の娘がいる。

しかし、妻であり母親であり人生の戦友だった彼女は、この家族から卒業してしまった。

別に離婚なんて、今の世の中では大した出来事では無い。

でも、そこには人それぞれの『迷い』と『決断』がある。

 

 

夏至に向かう朝焼けの空は、目覚まし時計を無視して、予定の時間より早く僕を目覚めさせた。「またやってしまった・・・」寝る前に外を眺めた。もう癖みたいになっている。その時カーテンと窓を開けたのだが、窓だけ閉めてカーテンはそのままになっていた。隣に眠る妻を見た。とりあえず朝日が差し込んだ影響は、彼女にはなさそうだ。静かにカーテンを閉めた。

 結婚19年目を迎える僕たち夫婦は、高校三年生から付き合いはじめた。お互い同じ年齢で、高校卒業後の進路は、彼女が進学。僕は就職となった。まだ幼かった僕たちは、未来を見据えた親や先生の進言を無視し、ただ『遠距離』を避ける事を第一とした選択をし、互いの就職と進学の場所を同じ町にしたのだった。親元を離れて生活するようになった僕たちは、毎日のように、いや、毎日一緒にいた。このころから僕は彼女に対し『愛』を感じるようになった。そして彼女が短大を卒業し就職した5か月後に授かり婚をすることとなる。

 

 

若すぎた僕たちは、その若さの恩恵と無知さを遺憾なく発揮して、子育てと仕事と父と母と夫と妻の毎日を、クルクルと繰り返していった。社会に出て間もなく結婚した僕たちは、一般的な大人の生活という、お金と時間を贅沢に使った生き方を知らない。周りの友達は、遊びに夢中で、その土産話を有難くも持参し教えてくれる。そんな彼らを羨ましく思いながら、『授かり婚の責任』を全うすることが互いの両親への感謝と恩返しを表す唯一の方法だと信じて、僕たちは日々を過ごしていた。我慢や無理をしていなかったというと嘘になる。。。そして僕たちは少しずつ『初心』を忘れていった。

 

 

 息子の小学校入学を一年後に控えた年に、マイフォームを新築した。連帯債務者となる妻に「これで本当に一生一緒にいなければならないぞ」と、婚姻時に次いで二回目の大きな約束を二人で交わした。この時点で僕と妻は、そんな当たり前のことをわざわざ『確認』しなければならないような関係になっていた。若気の至りと言えば聞こえはいいが、互いに、人生の彩を家庭以外に求めた行動が僕たち二人の関係を、取り返しのつかない方向へと向かわせていたのだ。だが、『子供』の他に『マイホーム』や『借金』といった新たな鎹(かすがい)で結ばれた僕たちは、互いの努力で正しい道へ戻るよう方向修正したのだった。マイホーム新築というライフイベントは、子供以外の何かの力が無ければ、赤い糸が解けてしまうことを悟っての行動だったのかもしれない。

 

 

若すぎる結婚は、例外なく過酷なものである。様々な周囲との『差』を痛感する。それは金銭的なものであったり、個人の自由ということであったり、周囲との交友関係であったり。このことは人生の意味を考えさせるに十分な『差』だ。僕たち夫婦には、20代前半という第二の青春を、子育てと家庭に捧げてきた戦友だからこそ通じ合う特別な物があった。 良くも悪くも幾度となくぶつかり合い、磨きあったパズルのピースは、一つひとつの角が取れ無理なくピタリと納まる。言葉を交わさずとも、互いの表情や仕草だけで相手の感情を読み解くことができた。喜びも、悲しみも、迷いも・・・

 

 

満月の夜。静まり返った住宅地。見慣れた景色が青白く照らされるのを眺めていると、なんだか時間が止まったように見える。テレビから流れてくる矛盾だらけの世の中や、自分の周りで起きている理不尽な出来事が嘘のように感じる。そんな青白い景色は僕をすごく落ち着かせた。

 「僕の人生はこのままでいいのか・・・」

こんな考えが頭のどこかにこびり付いて、ふとした瞬間に思考の表面に浮かび上がってくる。子供が大きくなるにつれ、彼らには自我が芽生え、徐々に手がかからなくなっていく。それに伴い僕たち夫婦には、自分の時間ができるようになった。滝つぼに落ちていく水のごとく騒がしかった日々が、その先の川へと向かう流れのように、穏やかさを増していく。己に向き合うことができるようになった心は、流れの分岐点へ誘っていくようだった。子育てと家庭運営と自己の欲求を含む、互いの正義をぶつけ合い傷つけあった日々は、満たされない気持ちとなって、いつしか心にまとわりついて剥がれなくなっていた。

「あなたには私に対する優しさが無い」

いつかの喧嘩で妻から発せられた言葉が頭をよぎる。僕への中傷か、それとも誰かと比べられたのか、もう考えるのも面倒になっていた。

 

 

 いみじくも鎹(かすがい)で結ばれた僕たちに、子育てが一区切りする時間が迫ってきた。それは僕たち夫婦にとって、新たなる未来への『希望』だった。無事に子育てを終えることができたなら、そこから青春を取り戻す。一個人として、一人の男と女として。20代には戻れないが、多くの人が味わってきたであろう大人の青春を、二人だけの時間を、これからやっと共に味わうことができる。それは僕たち夫婦の綻びを縫い合わせる行為に等しい。

子育てをしていく日々の中で、僕と妻は特別な約束をした。三回目の大きな約束。それは二十歳の息子と一緒にお酒を飲みに行くこと。子供たちが幼い時に、寝静まった隙を見て一日の疲れを癒すために一緒に飲んだお酒。そのお酒を、息子が二十歳になったら、三人で飲むのだ。僕たちが家族になるきっかけを作ってくれた息子と。その約束は、僕と妻にとって本当に楽しみで楽しみで仕方ないものだった。互いにお酒好きということもあり、日々の晩酌の会話でも度々話題になっていた。それは、子供の成長と共に、日増しに現実味を帯び、『約束の時間』が目の前に迫ってきた。二人で様々な『物』や『事』を犠牲にし、共に世間と戦い、まさに苦楽を共にしてきた戦友である妻。紆余曲折はあったものの、それでも、もうすぐたどり着きそうな『約束の時間』。息子と三人でお酒を飲みに行くことは、僕と妻のこれまでの人生の集大成といってもいいイベントだ。

 

 

 

平成31年3月31日に息子は二十歳を迎えた。翌週の週末に息子と、僕のお気に入りの飲み屋で酒を酌み交わした。そこに妻の姿は無い。

息子が二十歳を迎える三年前に離婚した。子供の未来の事。家族の事。両親の事。お互いの事。世間体。僕も妻もずっと、ずっと考え続けてきた。このまま満たされず、すれ違いの日々を耐えていくべきなのか。その先に幸せは待っているのか。

離婚をし家族の形を壊すということは、自己犠牲からの解放を意味する。

僕たちは長年、『子供への精神的、金銭的影響』と『自己犠牲からの解放』とを天秤にかけ迷い続けてきた。この『迷い』は、子供と自分のどちらを優先させるか『決断』するということ。

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 結末はあっけなく訪れた。僕たち夫婦の空気感に耐えきれなくなった子供たちの了承と僕の収入が上がったこと。

 

 

 

 

離婚という決断を下してからは本当に早かった。わずか2週間で手続きは終わってしまった。子供が転校を嫌った事と、住宅ローンの支払い能力を加味し、妻だけが家を出ることになった。まったくこじれることも無く、淡々と事務的な事だけを決め、粛々と手続きは進み、そして完了した。

僕と妻は離婚届けが受理されてから互いの両親へ別々に報告をした。驚きを隠せない僕の両親に対し、納得できそうな言い訳を探し、互いに非があることを伝え、詳細は濁しておいた。 夫婦間の些細な事柄が積み重なって溜まった想いは、他人に説明できるものではない。「もういい年なのだから自分たちの事は自分たちで責任を取る」。不安な顔をする両親をしり目に、親不孝なタンカを切って話を終えた。自分たちの身勝手な行動で結婚し、そして離婚した。僕も子を持つ親だ。両親を自分に置き換えた時、いたたまれない気持ちになり、隠れて涙した。

 

 

 

 妻と僕だけが知る本当の離婚理由。それは心からの『疲れ』と互いへの『失望』。鎹(かすがい)の力のみで形作られた家族がどれだけ悲惨なのか、2年間の家庭内別居で嫌というほど味わった。僕と妻は近づきすぎたのだ。互いへの思いやりや気遣い。尊重しあう事の大切さ。今でこそ当たり前のように感じる事が、理解できていなかった。そして修復するには遅すぎた。夫婦=親密になること=心の距離が密着する事だと、はき違えていた。夫婦と言えども、適度な距離を保ち、互いを尊重し、信頼することが最も大切な事だったのに。

 

 

離婚はしたが、僕にとって妻が生涯のベストパートナーであるという確信に変わりは無い。妻と過ごした日々は刺激的で楽しくて、料理上手で女性として僕にピッタリの人だ。ただし後悔はしない。互いに十分に傷つけあった。妻に対する情ならあるが、愛は消え失せた。そう思いたい。

 

途中までとはいえ、人生の苦楽を共にした戦友として、どちらかの呼吸が止まった時、どちらかが傍らで見送れる。いつの日かそんな関係まで修復できていることを願う。

 

今までありがとう。そしてごめん。

妻よさらば、どうか幸せに。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。