ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

コタツを買ってしまうその前までに

人間は誕生以来、様々な物を発明してきた。

鉄や金、銀、銅などの鉱物を見つけ、加工技術を進化させ、刃物や通貨を発明し、電気や電波を発見した。

万物の基本法則を研究し、さらに技術を進歩させ沢山の便利な機械を器具を開発してきた。

その全ては人間生活を便利に豊かにするものばかり。

その素晴らしい物の中には、人間にとって危険な物も沢山生まれた。爆弾に代表される武器などだ。

そんな危険な物の一つが『コタツ』。

『コタツ』は人間のエネルギーを奪う機械。そう『やる気』『勇気』『元気』という人間の三大エネルギーを奪い取る。いや、吸収し機械のエネルギーに変換しているのかもしれない。

 

 

くだらない文章はここまでにしよう。

我が家には『コタツ』が無い。別にお洒落仕様を意識した作りではない我が家に、コタツがあっても違和感はないのだが、しかしコタツは持っていない。

なぜか?

『危険』だからだ。僕はコタツを買わないことを心に決めている。

 

季節も11月に入り、手袋やマフラーが「どうだ?あったけぇだろ~」と、大活躍するシーズンが到来。当然コタツだってリビングに鎮座し始める時期だろう。

 

僕が幼いころの実家にはコタツがあった。何度も何度もお世話になった。温かくて気持ちいいコタツ。まるで湯船に浸かっているるような心地よさ。しかし体がふやけることもなく、いつまでも入っていられる快適さ。いつの間にか眠っている。

どんなにテレビの音が、周囲の会話が騒々しくても、コタツに浸かった僕はいつの間にか眠っていた。

 

やるべき事をやらぬまま。

 

何度も親に叱られたものだ。これは何も僕が悪いのではない。コタツが悪いのだ。コタツが気持ちよくて快適すぎるから。

いつしか僕は『コタツは危険なものだ。僕の行動エネルギーを奪う代物だ』との認識を持つようになった。

 

大人になり、実生活において、『やるべき事』『やらなければならない事』というのは、自分の周囲に溢れている。日々抱えすぎて、いくつかは落っことしたまま拾い上げることも出来ない。掃除、洗濯、買い物、洗車。学校への提出物。休日ですら頭から消えることの無い仕事の事。休日だからこそできるロングランニング。

 

どちらかというと精神的に疲れている。簡単な事でさえ動くのが面倒になる。

そんな日々の暮らしの中、リビングにコタツなどあろうものなら、速攻でノックダウンだ。きっと何もしないままコタツに座りテレビを観て、もしくは読書をしながら、ゆっくりと降りてくる睡魔を快く受け入れて、気づくと真夜中。休日なら一瞬で夜を向かえることになるだろう。

 

恐ろしい。恐ろしすぎる。

 

会社員にとって休日は特別な日。普段できない事を実行する日。

貯め込んだ『やらなければならない事』を処理したり、楽しめるであろう事に時間を費やしたりできる日。趣味や、お洒落な買い物や映画を観たり小旅行に行ったり、友達と会ったり。

お金が人生の『成績表』なのだとしたら、『経験』は内申書だ。

仕事上での経験のみならず、私生活での経験は人生を豊かにする。人間の幅を広げてくれる。厚みを持たせてくれる。夢や希望の一部となり、人生に刺激を与えてくれる。

そして成績表より内申書の方が、良好な人間関係の構築には役に立つ。味のある人、魅力的な人というのは興味深い内申書を持っている人だと思う。

 

 

この年齢になると、何かとメンドクサイと思う事が多くなる。特に休日に外出することが超面倒になる。他人を意識し身なりを整え外出する事が。休みなのに身だしなみを整える行為が。

劣化の始まりだ。体のみならず、心までもが劣化を開始する。今の僕はそれを受け入れるつもりは無い。家の外にこそ、リアルな面白い経験が溢れているのだから。

 

長いようで短いのが人生というもの。細切れになった平日の時間や、まとまった自由に使える休日の時間を有効に利用し、『内申書』を意味のある味のあるものに仕上げていきたい。

 

いつか僕はコタツを買うだろう。少しずついろんなものを諦めて手放して心の劣化を受け入れる時がくるだろう。

休日の昼下がり、お気に入りのお茶を飲みながらコタツに入り、うとうとすることを楽しむ時がくるだろう。

しかし今はまだ、その時ではない。

 

コタツを買ってしまうその前までに、まだ経験したい事が沢山残っている。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。