ホントは とじぇね

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お金があれば愛も買えるのか! 実際女性はどう思ってる? 婚活市場において男性に求められる経済力への違和感  婚活を諦めき入れないアラフォー 昭和生まれながらバブル未経験の男性の迷走

現代の世の中は、控えめに語っても、「お金の重要性」に対する男女の意識の偏りが顕著に表れていると思う。「お金があれば愛も買える」との意見も多く耳にする。そのほとんどは男性に向けての要望に聞こえるのは僕だけではないはず。

 

物々交換の不便を解消するために、偉い人が保証付した貝殻を物品交換の代替え品として扱うシステムから始まったと言われている貨幣社会は、「資本主義」と名を変え、地球全体に広まった。

 

このシステムは、地球に生きている限り、従わざる負えないルールとなっている。もちろん、ガチな自給自足は可能であり、そのような選択をし営みを継続している人がいる事実は、頭の片隅に置いておく必要はある。

 

昭和52年に生まれた僕は、幼いころにバブル時代が通り過ぎてしまい、社会人となったときには、「崩壊」していた。

幼すぎてバブルの恩恵を受けた記憶も無ければ、「崩壊後」に社会に出たため、潤沢な生活資金など手にしたことの無いまま、現状を継続している。

 

アラフォーシングルファザーのアンテナ(興味)は、とりあえず「婚活」に一部の受信域の焦点をあて、日々情報収集をしているのだが、周囲の女性陣や、ネットに上げられる婚活事情を要約すると、どうしても男性の懐事情を重要視する記事が目立ち、男性の「婚活」意欲を減退させる要因となっていることは、声を大きくしてお伝えしたい。

 

婚活において、男性が求めるものと女性が求めるものの違いに、お金に対する意識の差がとても大きく感じられ、そのことが男性を尻込みさせていることに、女性たちはきづいているのだろうか。もしくはそのようなイメージが結構な割合で世の中に浸透し、婚活に弊害を与えている事を。

出産や子育てという大仕事を目の前にして、パートナーに経済力を求める気持ちは理解できるが、現実問題として現在の日本の男性一人が稼ぎ出せる年収など、たかがしれている。厚生労働省の統計によれば、アラフォー世代の平均年収は400万から600万ぐらいになっているようだが、日本全体の企業に占める中小企業の割合が90%を超えている現状で、はたしてこの統計がどこまで正確な実情を表しているのか、疑いの目で見てしまう。

賃金の地方格差というのは、非常に大きく、都市部と地方とでは、物価の違い以上に賃金格差が激しい。地方においては、そこに住む人々の賃金が低いため消費活動が弱く、お金の循環が悪い。このことが地域経済の活性化を鈍化させ、悪循環となり、そこで働く人たちの賃金上昇に歯止めをかけている。少子高齢化で購買層の減少が進むと見込まれるこの先の地方は、ますます経済的に追い込まれると予想せざるを得ない。

総務省の統計によると、2005年以降、三大都市圏に占める総人口の割合が逆転し、日本の人口が東京都を筆頭とする大都市に集中する流れが止まらない。人口格差が賃金格差を生じさせる要因であることは間違いなく、かといって大都市圏だから、そこに住む全ての人が裕福かというと、そうではない。俗に言う「勝ち組・負け組」問題を進行させ、さらなる格差社会へと猛進しようとしている。

 

結婚は「ゴール」ではなく、「スタート」であることに異論は無いし、結婚=生活であることは十分に承知している。生活であるが故に、お金の問題は重要事項であるのも理解している。ただ、先にも述べたように地域による賃金格差の問題があり、激しい競争を強いられる現代の世の中では男性個人の努力だけで、改善できる問題には限りがある。僕の周囲にも結構いる「転勤族」。高収入と引き換えに失う物や諦める事も多いようだ。そのうちに「単身赴任」を選択するようになり、せっかく子供がいる家庭を築いたにも関わらず、一年のほとんどを家族と過ごすことができない状況。

お金が無いと家庭を持てず、お金を稼ぐために家族と生活できない。日々の生活が結局一人なら、子供の成長やパートナーとの日々の営みを体感することができないのなら、いったい何のために結婚するのか。まぁ、一つの例ではあるが。

 

男女平等とされながら、社会においても家庭においても、性別に特化したハラスメント問題が取り沙汰され、「平等と対等」の意味のはき違えに気づかない社会風土が消えない限り、いつまでも『男性らしさ』や『女性らしさ』に求められる自分勝手な都合の押し付け合いは無くなることがないでしょう。

 

待機児童問題が表面化し政治やマスコミに大きく取り上げられるようになったここ数年。共働き世帯が増加した証なのだと感じ、なんだか安心するのは僕だけだろうか。

 

婚活から結婚に至るまでに、さらにはその後にとって、お金の問題は決して小さなものでは無い。ただし、生涯の大半の時間を共有し、互いの老いを受け入れ、健やかなるときも病める時も、互いを信じ助け合い、分かち合う約束をするとき、お金なんてちっぽけな問題に感じてしまうのは僕が男だからでしょうか。「生活」という生々しい現実を共に歩み、笑顔や温もりを感じさせてくれるパートナーであってくれるなら、それだけで十分であり、その他の事は『思いやり』と『助け合い』というツールを駆使して二人で乗り越えていけばいいのだと思うのです。

そういうパートナーを見つけるのが『婚活』なのではないですか?

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。