ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

青空の下に凛々しく今日も

「おはようございます」

 

木元(仮名)さんは今日も変わらずしっかり挨拶してくれた。

僕と木元さんとの関係はちょっと複雑で。だから僕は木元さんのことをほとんど知らない。

 

 

僕の仕事は建築の現場監督。現在、地元ではちょっと話題の建物の管理をしている。竣工まであと3か月。雪から邪魔される前にと、日々の進捗に目を光らせている。

僕が管理している建物の周囲では既に外構工事が進行中。建物がまだ完成していないのに発注元の違う土木工事会社が周囲所狭しとせわしなく工事を進めているのだ。木元さんはその土木工事会社から依頼されている誘導員。道路工事などでよく目にする、赤い棒を振っている人だ。

別の会社が依頼している誘導員なので、僕は木元さんの事をよく知らない。ほとんど会話もしない。

『世界は誰かの仕事で出来ている』という、缶コーヒーのCMのキャッチコピー。考えた人は天才じゃないかと思うぐらい激しく共感したものだが、木元さんもまさにそれ。

誘導員というのは直接何かを作ったりはしない。しかし、工事現場の安全を守るうえでは欠かせない存在だ。周囲を通る第三者の人や車を上手に誘導し、工事関係者との接触事故やトラブルを回避するという重要な任務を遂行しなければならない。木元さんたち誘導員がしっかりと任務を遂行してくれるお陰で施工業者は安心して工事に集中することが出来る。

 

でもね、そんな大切な役割を担う誘導員も誤解を恐れず言うならば工事現場においては『末端労働者』のイメージがあることはぬぐいようもない事実。また、当の本人たちもそのような認識を少なからず持っているからなのか、工事関係者にはとても腰が低い。

僕がよく目にする一般的な誘導員は皆どこか遠慮していて従事している仕事に対してどこか自信が無い。実際に怠慢な仕事をする誘導員も何度も目にしてきた。僕はそう感じる事が多い。

実はそれには大きな理由があって、多種多様な作業員との施工上の指示や打ち合わせに忙殺されている管理者は、誘導員に対して工事内容の詳細までは説明しない。説明されないのだから、自分が携わっている工事内容を知らない分やはり、他者には自信が無くなるのだろう。また、自分の目的意識も薄れてくるのかもしれない。

 

 

ちょっと話がそれてしまったが、僕が施工場所まで歩いて移動する途中に誘導員の木元さんは立っていて、その木元さんとは実質的な関りは無い。でもね、その木元さんが僕は気になって仕方ない。僕が感じている誘導員のイメージと木元さんが重ならないのだ。

 

立ち姿は凛々しく、この季節でも真っ黒に日焼けした肌とは真逆の綺麗な白髪。ヘルメットから覗く襟足やもみ上げの白い髪は綺麗に真っすぐに垂れていて清潔感すら感じられる。年齢は70歳に近いのかもしれない。僕の管理している建物付近に予定に無い急な駐車をお願いしても、てきぱきと誘導し、日々変わる工事車両の待機場所なども全て把握している。通行人には笑顔で対応し決して挨拶を忘れない。

完璧だった。僕にとって完璧な誘導員だった。僕はそんな木元さんを日々、微笑ましく頼もしく眺めている。いつか僕に誘導員が必要になったら、是非木元さんを指名したいものだ。

 

 

そんな木元さんに災いが降りかかった。

先日、通行人とトラブルになったのだ。目まぐるしく往来する重機に通路を阻まれ、それに激怒した通行人が誘導員に食って掛かった。「責任者を連れてこい!」と怒鳴りつけられそして酷い事に到着した責任者からも叱責されるしまつ。どちちらに対しても平謝りする木元さんが可愛そうでならなかった。

 

事の全てを遠くから見ていた僕の感想は1つ。『木元さんは何も悪くない』

第三者と工事関係者をさばこうと、右往左往する木元さんの指示を全く無視して重機は往来し、本来ならば安全を一番に作業するべき人たちが通行人を軽くあしらったのだ。そのことに激怒した通行人が誘導員に食って掛かった。これがトラブルの全て。

 

木元さんは責任者に一切の言い訳をせず、ただ謝罪していた。数分して事が治まった後はまたいつものポジションにしゃんと立っていた。通行人を的確に誘導し笑顔で対応していた。まるで何も無かったかのように。

 

僕はムカついたな。見ていただけだけど、本当にムカついた。木元さんが重機のオペレータに対して怒っても良かったし、責任者に事の詳細を伝えても良かった。でも木元さんはそうしなかった。きっと自分の立場を良くも悪くも弁えたからなのだろう。

 

誘導員はどんな悪天候でも立ち続けなければならない。どんな条件でも安全を守らなければならない。今回のようなトラブルにもめげずに。

 

 

木元さんってどんな人なんだろう。風情ある佇まいや凛々しい風貌。家族はいるのかな?どんな人生を歩んできたのかな?人柄は容姿に現れるという。だったら木元さんの人生の履歴書はとても立派なものだと思う。そこらへんの誘導員らしからぬ木元さんにはどこか奥深さを感じてしまう。

 

 

 

そんな木元さんと昨日、車ですれ違った。冬に向かう昼間の太陽は、車内をほっこりと温めてくれていて、久しぶりに天気の良い休日。渋滞でゆっくりになった車内から何気に外を見た。木元さんが運転していた。

反対車線を走る木元さん。ヘルメットをかぶっていない木元さんの頭髪はやはり白髪で少し長くて。日焼けした皮膚との対比がとても綺麗だった。凛々しくて味のある風貌は変わらなかった。そして隣には同じぐらい白髪のご婦人が座っていた。しゃんと背筋を伸ばししっかりと前を見て。まるで木元さんそのままのように美しい老婦人。

 

木元さんは僕に気づいていなかったが、ゆっくりとすれ違う時、木元さんとご婦人が互いに微笑んだ。何か楽しい会話でもあったのだろうか。二人はあまりにも似ていて、お似合いでピッタリで。

辛い事も沢山あるのが人生で。でもあんなに穏やかに笑い合える人がいるなら、木元さんは大丈夫。

 

夫婦だったらいいな、と思った。あんな笑顔をし合える奥さんが木元さんにいればいいなと思った。

 

もしそうなら、夫婦ってやっぱり素敵だなと思った。

 

 

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。