ホントは とじぇね

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夫婦は喧嘩するほど仲がいい?

喧嘩しない夫婦はめったにいないでしょう。『喧嘩するほど仲がいい』と言われますが、本当でしょうか?僕の答えはYESです。

ある一定のラインまでは。

離婚経験者として、喧嘩するほど仲がいい理由と、ある一定のラインについて書いてみようと思います。

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 ●喧嘩とは

他人と喧嘩できますか?普通に生きていれば他人と喧嘩なんて、めったにできませんよね。喧嘩とは自分の気持ちや感情をストレートに表す行為です。エスカレートしたならば相手を攻撃することにもなります。これって、他人であれば絶縁覚悟の行いですよ。でも夫婦間では普通に勃発します。騒動の大小は別として。なぜ夫婦では喧嘩できるのでしょう?それは『信頼』してるから。自分の感情を爆発させて、思ったことをストレートに伝える。時には攻撃的になることもあるかもしれません。しかし、そんなことをしても、相手は絶対にあなたから離れることはありませんよね?『結婚』という拘束力だけを言っているのではありません。喧嘩して、仮に相手を傷つけることになっても、離婚するつもりはないでしょ、あなたに。そして離婚を突き付けられるとも思ってないでしょ?「喧嘩ぐらいで離婚するわけないでしょ!」って思いますよね。他人とは絶縁覚悟でする喧嘩。しかし夫婦だと絶縁にはならない。だから『信頼』しているのです。

もう一つの意味もあります。相手の気持ちを変えたいと思って喧嘩しているはずです。自分の意見を認めてもらいたい。もしくは、相手に正してもらいたい。非を認めさせたい。これもやはり『信頼』です。自分の意見を理解してもらえる可能性が大いにある思っていますし、喧嘩してでも『分かってもらいたい』『正してもらいたい』と思っているのですから。相手に対して期待を持てています。これだって『信頼』です。

他人には抱けない特別な『信頼』があるから、何度でも仲直りする。仲がいい証拠です。

 

 

●ある一定のライン

ずばり!『諦め』です。喧嘩する意味を感じなくなったらそこで終了。喧嘩しないってことは、先に述べたことと逆になります。『何を言っても相手は変わらない』もしくは『相手を変えようと思えない』。こう思うようになったら終わりです。相手は変わってくれる。分かってくれると思えない状態は、『信頼』が無くなったって事。こうなると、日々の会話すら無駄に感じる。だって言葉が通じると思って無いのですから。

『怒り』とは『期待』の裏返し。『変えたい』『伝わる』と期待できているからこそ、怒りが沸いてくるのです。怒りとは力で相手をねじ伏せる事。「何で私の(俺の)気持ちが分からないの!!」と怒れるってことは、相手に対して力が湧いてくるってことです。その力の源泉は『信頼』と『期待』です。諦めてしまうと力の源がなくなってしまう。相手を他人と近い感覚で観てしまってる状態。他人は基本的に自分とは無関係の存在です。ここまで来てしまうと夫婦関係は『暗黒の時代』に突入します。

 

 

●実はその先がある

僕の身近な人に『暗黒の時代』を乗り越えた夫婦がいます。おじいちゃん夫婦です。それ以外にも沢山知っています。皆、古い世代ですが。

何かの理由で、何かの拘束力で離婚という選択をしないまま『生活』のみを営む関係を続けていくと、『諦め』が『受け入れ』に変わる。変わるというより、受け入れるしか選択肢が無くなる。離婚できないわけですから、相手を受け入れるしかなくなるわけです。いつまでもいがみ合って生活しているのは、自分が辛い。『こういう人なんだ』と受け入れてしまった方が楽です。それがいつの段階で訪れるのかは分かりませんし、一生訪れることがないのかもしれません。しかし『暗黒の時代』を終わらせる方法は分かっています。相手を変えようとしない事。『受け入れる』のです。

 

 

 

●離婚を選択するとき

現代の世の中は、良くも悪くも離婚が珍しくない時代になりました。世間から白い目で観られるような、差別を感じることもありません。でも、やはり離婚はお勧めできません。結婚を選択するほど好きになった相手です。強い覚悟と責任を持てるほど好きになったという力は、自分でも気づかないほど強力に心の深いところまで浸透しています。離婚は全てをぶち壊す行為。一緒に自分も壊れるのです。

でも離婚を選択せざるを得ない状態はあると思います。恋愛時代と違い、結婚は『生活』です。生活を営むことが出来なくなったら離婚を選択するしかない。具体的な例としては、借金やギャンブル依存。他人に迷惑をかける行為を止める事が出来ないなど。とにかく生活が出来なくなるようであれば、離婚という防衛手段を行使するしかないと思います。

 

 

 ●夫婦は不思議で素敵

夫婦生活は長い。死を迎えるまで続きます。その長い時間の中では、沢山の出来事が起こるはずです。夫婦関係を金太郎飴に例えたなら、最初の方は笑顔で向かい合う二人の切断面。途中の切断面は、互いにそっぽを向いているかもしれません。しかし、人生の終盤で夫婦生活の最後の方の切断面はまた、笑顔の二人が向かい合っている。こんな感じで、長い金太郎飴がつながったものが夫婦の歴史になるのだと思うのです。

喧嘩を繰り返し、互いの意見や価値観を伝え、仲直りをしていくうちに、相手への理解度が高まっていく。遠慮のない自然な自分、素の自分でいられる関係が築かれていく。いつの間にか、相手のことが手に取るように分かる。そこには『信頼』や『受け入れ』がある。

ぶっちゃけ、生活だけなら誰とでもできます。お金を稼ぎ、家事をしてご飯を食べればいいのですから。しかしその生活には困難やトラブルが付き物で、それを乗り越えるために『好き』とか『愛』とかのエネルギーが必要で。だから夫婦にしか出来ない。

ご高齢の夫婦が、手を繋ぎ街を歩く姿を目撃すると、僕は勝手に想像してしますのです。色んな事を乗り越えてきたんだろうなぁって。胸がキュンとなります。

残念ながら僕はそこまでたどり着くことは出来なかった。そんな僕だからこそ伝えたい。たとえ今が喧嘩ばかりの夫婦でも、それは長いストーリーのほんの一部。最後まで読み進めることができたなら、きっと素敵なラストシーンが待っているってね。

健やかなるときも、病めるときも互いに変わらず愛することを誓った仲なのだから。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。