ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

動画(映像)と静止画(写真)がの役割 過去を振り返る時・・・

動画は、その時の流れる時間そのものを閉じ込める。

 

写真は、その時の瞬間そのものを閉じ込める。

 

 

都合がいいのは写真の方。

自分の解釈でその瞬間を思い出させるから。

 

写真は、情報量が少ない。だから後は見た人任せ。

 

切り取られた瞬間の絵に、自分の解釈を、呼び起こされる感情を乗せて、可視光が眼球に入り、脳へと信号変換されていく。

その信号への意味付けは、個人の主観が色濃く映っている。

 

 

動画は、正確に流れる時間を記録する分、見ている人が受け入れる状態が多くなる。

見ている個人の主観が入り込む余地が少ない分、生の時間を真空パックできる。

 

個人の解釈が入り込む隙間が少ない分、正確に思い出を閉じ込めることができるだろう。

 

ここに、動画と静止画の役割分担が見えてくる。

 

対象の正確なのリアルな姿を感じたい時、人は動画を再生する。

真空パックの蓋を開ける。

 

その反面、その時の自分を思い出そうとするとき、人は写真を見る。

写真は、写っている対象とは関係なく、自分を閉じ込めるツールなのだと思う。

そうでないなら、写真を見て湧き上がる感情の原因が分からないもの。。。

 

 

 

 

 めったに訪れないどちらかの選択をするとき、あなたは何を想っていますか?

 

 

 過去を思い出したい時。それはどんな時ですか?

 

 

記憶や感情を呼び起こしたい時。

それは前に進む何かを見つけ出したい時ではないですか?

 

僕はそうです

 

 

忘れがちな日々もまた、人生の味わいなのだと思うのです。

 

 

不安の尽きない未来も大事ですが、今を生きる意味を噛み締めて、味わうことが、生きるという醍醐味なのかもしれません。

 

 

Que Sera, Sera(ケ・セラ・セラ):なるようになる

 

Let It Be(レット・イット・ビー):自然の成り行きに任せろ

 

 

 

 目的地(叶えたい希望)はあるけれど、今日がるから明日があるのです。

貴方の(僕の)精一杯が詰まったがあれば、連続する未来の僕たちはきっと、変わらず悩み、そして笑っているでしょう。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。