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イージス・アショア 秋田市新屋配備について 地元民の生の声

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イージス・アショアというミサイル防衛システムが、秋田市新屋に配備されようとしています。県や市、そして地元住民の様々な意見が交錯しているようです。事が進展するたびに全国ネットでも取り上げられるようになってきたこの問題。僕は完全に対象地域の住民です。この問題を耳にするたびに、他の住民たちはどう思っているのか気になりました。そこで、僕の周りの人たちの意見を聞いてみることにしました。正確な人数は覚えていませんが、20人ぐらいの人たち(対象地区住民のみ)の意見を聞きました。高齢者から高校生ぐらいの年齢の幅です。

 

この記事の内容は、僕が個人的に世間話の中で話題にし、僕も含めた個人の意見が語られていきます。もしかしたら不愉快に思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そこは一個人の意見なのだと思い、ご了承ください。

 

 

●反対派の意見

反対意見の人の話の中で、僕が印象的だった人たちがいます。行きつけの飲み屋で知り合ったご高齢の人たちです。僕が話題を振った瞬間、「そんなもん、絶対に反対だ!」とはっきり言いきりました。お二人は戦後から20年ぐらいたってから産まれた人たちでした。親から戦争の話を聞いて育った方たちで、とにかく少しでも『戦争』に繋がるような国の行動をことごとく批判するお二人でした。以下に反対派の理由をあげます。

①有事の際の攻撃の対象になるので、秋田が危険に晒される。

②強力な電波の健康被害が心配だ。

③日本がアメリカの言いなりになってミサイル防衛システムを買ってしまった。必要だから買ったのではなく、買うこと自体が目的で、税金の無駄遣い。※事実かどうか僕には分からない

 

僕の住む新屋地区は、小中高そして美術大学と、とにかく教育施設が密集しています。また世帯数も多く、未就学児も含め、子供が沢山生活しています。万が一が起こった場合、被害を被る人々が沢山いるのです。

 

 

 

●賛成派

今回意見を聞いた中で、数的には一番少ない回答だった印象です。

以下に賛成派の理由

①日本のどこかに配備しなければならないのだから秋田でもいい。

②日本(秋田)がミサイル防衛で強くなる。安全になる。だって飛んできたミサイルを打ち落とす設備なんでしょ?

③秋田に配備させて、交換条件を提案し補助(お金)を沢山もらえばいい。秋田が潤う。

④沖縄に米軍基地がある。必要な物なら秋田も協力すべきだ。

 

賛成するだけあって、デメリットよりメリットに焦点を当てた考え方だとの印象を受けました。そして、沖縄問題はたしかに考えさせられます。年齢的には僕より若い世代(40代以下)が多かったです。

 

 

 

●どちらでもいい

「別にどっちでもいいよ」というのが、今回僕が聞いた中で圧倒的に多い意見でした。

以下にその理由

①反対しても無駄。。国がやると言ったらやる。

②日本に有事は起きない。ミサイルは落ちない。

 ③具体的に何か悪影響とかあるの?

 

上記以外で記事に書き込めるような意見が出ませんでした。割と幅広い年代の方が同じような感じでした。この問題自体に興味が無いか、『反対しても無駄』と思っているかのどちらかです。

 

 

 

●今回いろいろ話を聞いて・・・・

『反対派』の人たちは明確な理由があり、積極的にニュースや新聞などで情報を得ているようです。メディアに取り上げられる内容も、『反対派』が多い印象です。悪者を『政府・政治』にしたほうが面白いからでしょうか。

 

今回、僕が話を聞いた中で「やっぱりなぁ」と思ったのは、この問題に興味を持っている人は少ないということでした。対象地区住民なのにです。公的な調査名目で意見を聴けば、それなりに答えるでしょうが、世間話的にはこんな感じで、これは何も僕の周囲だけでは無いと思います。騒ぐ人は騒ぎ、関心の無い人はどこまでも関心が無い。県民性なのか国民性なのか。

『皆、政治に興味が無い』この事を痛感しました。

 

 

政治や行政の事は、何かの折に(特にお酒の席)話題が出ると、みんな一定の考えを持っています。強く批判したり、賞賛したりと、本当は結構みんな考えています。行政や政治というのは、普段は空気のように当たり前のシステムとなっていますが、その分、僕たちの生活に及ぼす影響が大きい訳ですから、心の中では『思い意見』があるわけです。しかしその反面、『個人の意見の無意味さ』『個人の無力さ』を感じているのかもしれません。たとえるなら、『一人でエコ生活したところで、地球環境は変わらない』みたいな。

 

我々一般人が政治に参加できる明確な場が『選挙』ですが、今回僕がイージス・アショア問題から感じた『政治への無関心』は、繰り返し報道される選挙時の投票率の低さとリンクした結果です。別に選挙に行かなくても誰かが投票し、勝手に政治は行われ、そしてまた不祥事が繰り返される。一般人が落胆する出来事が多い事も、『無関心』の原因の一つでしょう。それでもなお、みんなが『意見』を持ち『行動』することが大事だと僕は思います。『みんなの日本』なのだから。

 

『政治』が国民にとって身近に感じ、『個人の無力感』を改善する仕組みや教育をもっと強化して欲しいと痛切に思います。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。