ホントは とじぇね

ホントは寂しがりやのシングルファザーが叫ぶ! 誰かに届け!誰かに響け!!

『悪魔のメモ』を解放したら、ブログネタが尽きなくなるという誘惑と怖さ

この世界に対して、自分の全てをさらけ出して生きている人は絶対にいない

 

夢や希望や憧れなど、綺麗な言葉で飾る事のできる気持ちは、他人に放出しても問題無い。そんなポジティブな内容は、隠すことなく放出したほうが、むしろ他人にも自分にも良い影響がある。

それとは別に、愚痴や不満や物欲や自慢を含む承認欲求的なものを、他人に不愉快な思いをさせていると自覚しながら、もしくは自覚すらできていない状態で、放出している人は沢山いる。

愚痴や不平不満や、辛さや悲しみ怒り。こんなネガティブな感情だって、時には他人に吐き出して、自分の外に吐き出して、共感や慰めという優しさを分け与えてもらうことは、人間として必要な事だと思う。

しかし、そのような感情を他人に放出している時でも、自分の全ての気持ち・感情ではないはずだ。

人は誰しも、他人には絶対に言えない思考を持っている。心の声がある。

僕にも、あなたも。

 

 

僕には『悪魔のメモ』がある。

Windowsのアクセサリの中に入っている『メモ帳』のことだ。

僕はずっと前からこのメモ帳を使い、その中に『100%の自分』を放出している。そしてそれをデータとして保存しているのだ。

それは日記ではない。何かしらの事象が起きた時や、無秩序に増幅する想いを抑制できなくなったりするとメモ帳を立ち上げるのだ。

時には自分を励まし、時には他人を攻撃し、時には欲望を剥き出しにし、時には深い悲しみを語る。

生の、何のためらいもない、ストレートな感情だけが書き綴られている。

 

この『悪魔のメモ帳』には、良い効果がある。自分の想いを整理し、可視化できるのだ。

心の中では漠然としていて気持ち悪かった塊が、文字となり文章に変換されることで、体外に排出される。

心の中に想いのカスが残らぬように、細部まで、深部まで己の中を探索し、排出する。

排出し終わった頃には、『自分の分身』が、文字や文章となってモニターに写し出されている。

心の中には、先程まであったであろう塊の『名残』しか残らない。

 

 このメモ帳に書き込む時というのは、かなりヤバい状態の時だ。良い意味でも悪い意味でも。だから、頻度は多くない。やばい状態が頻繁に訪れてもらっては困る。

 

 

 

 

『悪魔のメモ帳』の解放はヤバい。見た人をどんな気持ちにさせるのか容易に想像がつく。

それは、運転中に大声で歌っている人と目が合った時のような気恥ずかしさだったり、一人で転んだ人を目撃した時の悲壮さだったり、我が子の自慰行為を見てしまった時のような気まづさだったり、親のセックスを目撃した時のような気持ち悪さだったり、他人から罵られた時のような苛立ちだったり。バッドエンドの映画を見た直後の後味の悪さだったり。

人を楽しい気分にさせるものではないだろう。

 

 

ブログの読者の方々は、ブログにどんな事を求めているだろうか。

自分にとって有益な情報を探したり、趣味の仲間を探したり、読んで楽しくなったり勇気づけられたり。そんなポジティブなものを求めているのではないだろうか。

 

ブログは無料の読み物で、書き手も選ばない。法を犯すような内容でなければ何を書いてもいい。そして読み手側は数あるブログの中から、自分の気に入ったものを無数に選び、読むことができる。書き手は読者によって自動的に選別されていくわけだ。

 

様々な人が様々なコンセプトで書くことができるブログの世界は、本当に多種多様な記事がある。けっしてポジティブなものばかりではないのだ。

性の遍歴を綴ったもの。体や心の病気を綴ったもの。他者に対して攻撃的なもの。

プロではない人が、自由に書いているのだ。そして、価値観のマッチングにより、誰かに見つけられて読まれている。それがブログの世界。

 

こんな世界だからこそ『悪魔のメモ』に可能性を感じる。

誰も見せようとしない人間の『生』の気持ちが綴られたメモ。人間の本質的欲求や攻撃性が綴られたメモ。

もし、そんなブログがあったなら僕は読んでみたい。人間の生の姿を見てみたい。

人間が普段は隠して絶対に見せない心の奥底の本質を。

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太陽という、生命にとって欠かせないエネルギーが降り注ぐ明るい空は青く綺麗だ。しかし、太陽が沈み明るさを失った空には、漆黒の闇が広がっている。美しい青空の後ろには、闇が広がっているのだ。それはまるで、人間の表面の奥にある闇のようだと思うのは僕だけだろうか。

 

 

僕の『悪魔のメモ』の中には、僕の闇がある。それは大衆受けするものではない。でもいつか、いつの日にかブログに書き出してしまいそうで怖い。

 

なぜ書きたいのだろう。なぜ晒したいのだろう。

なぜなら、僕の心の闇に『共感』という光を当ててくれる人を見つけたいから。

僕の不幸を、汚れを温かく包んでくれる人を見つけたいから。

人間であることの孤独を忘れたいから。

 

 

少しでも誰かの心に響けたら!!

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。